幸せって何だろう

温泉旅行から、無事帰ってまいりました(^^)/

いや~、たった一泊でしたが楽しかったです。

びっくりしたのが、親父の食べっぷり。

私もそれなりに食べる方なのですが、私がギブアップした後も延々と食い続けていました^^;

これで73歳ですからね。

ちなみに、コストコの巨大スイーツも一人で完食します(笑)

まあ年を取ったら、タンパク質・脂質等、積極的に摂った方がいいとは言いますからね。

それにしても、食い過ぎですが^^;

というわけで、来月の旅行も食べ放題で決まりです。

早速予約入れちゃいました♪

このホテルのビュッフェが凄いんですよ。

公式インスタから、写真を引用してます。

北海道産生うに!食べ放題では、なかなかお目に掛かれませんよね。

カニは、冬行かないとね。

お寿司も美味しそう!

若狭牛のステーキ。

無花果のパイ?スイーツも美味しそう!

シャインマスカットもたっぷり。

見るからに非冷凍のブルーベリータルト。

すごいでしょ?

このホテル、「食事に全てを賭けてる」らしいんですよ。

1泊3万円ほどするくせに、格安ホテル並みのサービス(客室への案内無し、布団は敷きっぱなし、売店も無し)ですからね。

でも、この戦略が大当たりして、かなりの人気なんですよね。

個人的には、こういう尖ったホテルは大歓迎です。

来月また、リポートしますね。

 

さて、前置きが長くなりました。

本題です。

こんなに美味しそうな料理でも、無限に食べ続けることは出来ませんよね。

一番美味しいのは、最初の一皿目。

二皿、三皿と食べ進めるうちに、次第に満足度は下がってくるはずです。

そう、限界効用の逓減ですね。

www.nec-nexs.com

限界効用の逓減は、飲食のみならず、様々な分野で働きます。

例えば、マイホーム。

六畳一間のアパートから、3LDKのマンションに引っ越すと嬉しいですよね。

すげ~、自分の部屋が持てる!テレビも大画面の置いちゃうぜ~♪みたいな(笑)

でも、これが5、6,7LDKと部屋数が増えるとどうでしょう。

恐らく、追加的な満足度は、だんだん下がっていくでしょうね。

いくら予算に余裕があっても、東京ドーム並みの広大な家に住みたい人は、そういないはずです(笑)

 

消費財に限らず、例えば「友達」でも同じですよね。

入学式を迎えて、周りは知らない人ばっかり。

不安です。

そんな中で、初めてできた友達!

そりゃあ嬉しいに決まってます。

しかし、このまま10人、20人と友達を増やし続けたい、という人は稀ではないでしょうか。

付き合いきれませんよね。

自分の時間が無くなっちゃいます。

 

さて、様々な分野で「限界効用の逓減」が見られることが分かりました。

「限界効用が逓減」するということは、裏を返せば「人間の欲望には限りがある」という事でもあります。

…あれ?ちょっとおかしいですよね。

世間一般では、よく「人間の欲望には限りがない」と言われます。

これでは「限界効用の逓減」と矛盾することになる。

ということは、どこかに「限界効用の逓減」が働かない分野があるはずですね。

それは、何でしょうか?

 

はい、まず思いつくのは「お金」ですね。

私の資産も、円安効果で1億2,000万円を超えてきました。

(先日の円高で、割りました^^;)

では、これで満足か?

…いや、まったくです(笑)

可能であれば、いくらでも増えてほしいです。

「お金」については、「限界効用の逓減」は当てはまらない、ということになります。

企業の「売上」や「利益」、延いては「GDP」なんかもそうですね。

株主は企業に対して、限りない「成長」を求めます。

これだけ儲かったから、もういいや!とは絶対になりません。

成長に陰りが見えた瞬間、株価は暴落し、経営陣は責任を追及されるでしょう。

つまり、企業の「利益」や国の「GDP」は、永遠の成長が要求される、ということです。

その単位も、いずれ「〇兆円」から「〇京円」に移っていくことでしょう。

 

SNSのフォロワー数」「いいね数」や「アクセス数」についても、同じです。

フォロワー数300人超えたから、もう十分!とはなりませんよね。

実際には、300人と言えば凄い人数です。

学校の1クラス30人とすれば、10クラス分です。

もし、リアルな友達が300人もいたらどうでしょう。

私なら、気が狂いますね(笑)

とても付き合い切れないでしょう。

 

あれ?またおかしいですね。

「友達」は2、3人もいれば十分だ、と思えるのに、なぜ「フォロワー数」はどこまでも増やしたくなるのでしょうか。

一度、整理してみましょう。

〇限界効用が逓減するもの(欲望に限りがあるもの)

 ・飲食物

 ・マイホーム

 ・友達

〇限界効用が逓減しないもの(欲望に限りがないもの)

 ・お金

 ・企業の売上、利益やGDP

 ・SNSのフォロワー数、ブログのアクセス数等

パッと見て、まず気付くのが「使用価値の有無」です。

前者(飲食物やマイホーム)には、それ自体に使用価値があります。

食べる、飲む、住む、ですね。

対して後者には、それ自体には使用価値はありません。

「お金」は、具体的な何かと交換して初めて「使用価値」が発生します。

お金それ自体では、単なる紙切れに過ぎません。

フォロワー数も同様です。

それによってマネタイズは出来るでしょうが、フォロワー数自体で使用価値があるわけではありません。

実際に「使用」するならば、フォロワーとリアルで会って「友達」になる必要があります。

「友達」には「使用価値」がありますよね。

一緒に遊んだり、語り合ったり。

何故ならば、「友達」には実体があるからです。具体性があるからです。

…うん、だんだん分かってきましたね。

前者(欲望に限りがあるもの)には、実体がある。

後者(欲望に限りがないもの)にはありません。

何故ならば、後者は「抽象概念」だからです。

では、何で抽象化されているのか。

数字です。

後者は、必ず数字で表現されますよね

言い換えれば、「数字」以外の要素が捨象されているのです。

「友達」と「フォロワー数1」の違いは何か。

「友達」には、様々な個性があります。

性別、肌の色、体臭、話し方、考え方、感情表現などなど。

「フォロワー数1」では、これらの具体的個性が全て捨象、つまり捨てられている。

残ったのは「1」という数字だけです。

強制収容所の囚人と同じですね。

数字とは、究極の抽象なのです。

この辺りは、以前「疎外論」として記事にしましたよね。

yuubinyasan.com

そして、後者はこの「数字」によって概念化され、実体を失っている。

人間の観念上にのみ存在する、バーチャルなものなのです。

だから「欲望に限りがない」のです。

 

前者(欲望に限りがあるもの)は、マズローの五段階欲求説のいうところの「低次欲求」に該当するものが多いです。

飢えを満たしたい、安全な場所に住みたい、味方になってくれる人が欲しい。

こんな感じですね。

動物的な欲求ともいえるでしょう。

これらの欲求は、限界効用が逓減します。

ある程度満たされれば十分、となりますよね。

対して、後者(欲望に限りの無いもの)は、より高次な欲求である「承認欲求」に該当します。

もっとお金持ちになって、みんなに認められたい。

もっと業績を向上させて、社会に認められたい。

もっとフォロワー数を増やして…。

こんな感じですね。

この承認欲求と「数字」というバーチャルな概念が組み合わさる事で、人間の欲望は果てしなく膨張していきます。

これは、果てしない自己増殖を求める「資本」にとって、絶好の養分となったことでしょう。

 

人類の歴史は、「飢餓との闘い」の歴史でもありました。

飢餓こそが「魔王」であり「ラスボス」でした。

この克服こそが、人類の長い長い「目的」でした。

しかし、近代における資本主義によって爆発的に生産力が向上した結果、少なくとも先進諸国においては、飢餓は過去の話になりました。

今や、「飢餓」で死亡する人間より「肥満」で死ぬ人間の方が多いとも言われるほどです。

現代日本で、飢餓で死ぬ人間など皆無でしょう。

魔王は、ここに打倒されたのです。

…資本にとっては困ったことになりました。

資本は、人間の欲望を養分として自己増殖します。

しかし、飢餓は克服され、耐久消費財も行き渡ってしまいました。

そこで資本が目につけたのが「お金」です。

人間の承認欲求と結託した「お金」は、複雑な金融派生商品を大量に生み出し、実物経済を遥かに上回る規模まで増殖しました。

日本のGDP、つまり付加価値の生産力は550兆円程度。
これに対し、家計の金融資産だけで2,000兆円を超えます。

企業の現預金も、過去最大にまで膨れ上がっています。

しかし、これらの多くは実際に消費に回ることはありません。

使用価値に変換される事はないのです。

ひたすら、ため込まれるバーチャルな概念に過ぎません。

 

SNSのフォロワー数、ブログのアクセス数についても同様ですね。

「数字」が実体から乖離し、独り歩きを始めると「数字」そのものが「目的」になります。

「人と人」の関係が、数字という「概念」としての関係性に変質します。

 

僕らの年賀はがき営業でもそうでしたね。

「なかなか自分で買いに行けない、遠方のお年寄りにお届けしてあげよう」という素朴な思い。

これが「数字」が目的になった途端、変質します。

「年寄なんかに売っても、枚数は知れてる。大口の企業が狙い目だ」

みんなが、困ってもない企業に営業に押し掛ける。

挙句の果てには、「自爆営業」からの金券ショップ持ち込みへ。

最初の「困ってる遠方のお年寄りの助けになる」という目的はどこへやら。

「人と人」の関係性が失われ、数字というバーチャルな概念による疎外が発生しています。

 

…結局、私たちはこの「数字」という抽象概念に踊らされているのではないでしょうか。

1930年、ケインズはある予言をしました。

百年後(2030年)には、1日3時間働けば十分に生きていける社会がやってくる、と。

…しかし、現実は周知の通りです。

「数字」というバーチャル概念を果てしなく増殖させるため、資本主義は様々な矛盾を生みました。

三菱サラリーマン氏の言う所の「ブルーライト用目薬」に代表される、マッチポンプ型商品は、その一例です。

自ら放火し、それを消火することで「売上」「利益」を生み出す。

スポーツジムなんか、滑稽ですよね。

これだけ「エネルギー不足」が叫ばれる中、過剰摂取されたエネルギーを無為に消費するためだけに、多大なエネルギーを使用しているのです。

資本主義のマッチポンプそのものです。

結局、この動画に戻ってしまいますね(笑)

このぶら下がっている「札束」は、何の象徴でしょうか。

「数字」「未来」「幸せ」…

これらは全て、バーチャルな「抽象概念」です。

人間の観念においてのみ、存在する「虚構」です。

ハラリさんによると、人類は「認知革命」によって「虚構」を作り、信じ込む能力を獲得た結果、地球を支配する力を得たそうです。

…しかし、それで人類は本当に「幸せ」になったのでしょうか。

農業革命のみならず、認知革命もまた、詐欺であったのではないか。

私は、それを疑っています。

私たちはずっと「承認(数字)」「未来」「幸せ」という虚構にムチ打たれ、今なお走り続けているのではないでしょうか。